ライフスタイル
2015年08月07日

世界で最も有名な大道芸人 その決断と挑戦!?心の絆とは!?

『「新宿駅~千駄ヶ谷駅」あたりの時間で読めます!』

突然ですが、あなたは今までに大きな『決断』や『挑戦』をしたことはありますか?

仕事をしていく上で、『決断』『挑戦』は、とても重要なことです。
しかし、やみくもに『挑戦』するのでなく、そこには『信念』が必要です。

人は、『挑戦』しようとするとき、「判断」をします。過去の自分やまわりの出来事を振り返り、ジャッジしようとします。
その基準は「良い・悪い」、「正しい・正しくない」の選択になります。

たとえば、あなたが野球選手か、サッカー選手だとしましょう。
メジャーリーグなどオファーがあって、海外への移籍の申し入れがあったとしましょう。
夢は大きく広がります。
年俸や契約年数、さまざまな条件が提示されるでしょう。
しかし、同じ仕事だから、同じポジションだから、活躍が保証されているわけではありません。
チームスタイルやプレースタイルの違いから壁にぶちあたるかも知れません。
しかし、やってみなければわかりません。
移籍して、仕事を続けていくうえで、「良い・悪い」、「正しい・正しくない」を選ぶことになります。
いずれかの結論をジャッジすると、それが『決断』となり、「良い」「正しい」と判断した時、はじめて『挑戦』となるわけです。
なんだかワクワクドキドキしますね。

世界で最も有名な大道芸人を知っていますか?

エンターテイメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の創設者で、最高経営責任者のギー・ラリベルテです。
カナダ出身で、現在56歳。

今日、「シルク・ドゥ・ソレイユ」は、独特のスタイルに基づいたショーで、その芸術性の高さから多くの名声を集め、世界中で幅広い人気を博しています。
ショーのスタイルにはサーカスの伝統様式を取り入れていますが、動物を使った曲芸はなく、「ヌーヴォー・シルク(新サーカス)」と呼ばれる演者としての人間のパフォーマンスが披露されています。
大道芸、サーカス、オペラとロックの要素がコラボされ、体を自在に曲げる軽業をはじめ、ジャグリング、力業、道化と空中ブランコなどがラインアップされています。
また、ショーに登場するコスチュームはバラエティに富み、創造性にあふれ、祝祭の雰囲気が場内全体に醸し出されています。

これまでの「サーカス」の概念をあっさりと変えてしまった、ギー・ラリベルテの自らの『決断』『挑戦』に導いた、『信念』とは、どんなものだったのでしょうか。

ギー・ラリベルテは、カナダのモントリオールで生まれ育ちました。
幼いころ、両親に手を引かれ、初めて見たサーカスや盛り上がる会場の雰囲気に魅了され、子供心にして、パフォーマンスで人々を幸せにしたいと考えるようになったそうです。
そして本格的にエンターテイナーを目指したギーは18歳のとき、ヨーロッパに旅に出ます。バッグに詰め込んだ芸人道具とわずかなお金を握りしめ家を後にしたギー。
初日の夜は公共のベンチで眠ったそうです。
その後、ロンドンで1年間、路上の大道芸人として過ごしました。ギーが体得し、披露していた芸は「火を食べる」パフォーマンスでした。

路上パフォーマーとして、ますまずの経験を積んだギーは成人し、ロンドンを離れ、生まれ故郷のカナダに戻り、劇場プロデューサーとして働きはじめます。そのとき、後にいっしょに「シルク・ドゥ・ソレイユ」を立ち上げることとなる二人の芸人と出会います。
ギーには「子供が喜ぶサーカス」ではなく、「大人が驚愕するパフォーマンス」という、いままでにない全く新しい作品で、「世界の人々に感動を与えたい」という想いがありました。
そんなギーの想いに共感した2人は、3人で「シルク・ドゥ・ソレイユ」の前身である「クラブ・デ・タロン・オー」という劇団を立ち上げ、地元の祭りなどでパフォーマンスをするようになりました。

劇団の創設など資金難で苦しんでいた矢先のこと、ギーらにとって『大きなチャンス』が舞い込んできます。
それは、ケベック州政府による文化奨励のための補助金を交付でした。これで3人は「シルク・ドゥ・ソレイユ」という名前のショーをスタートさせるための資金を確保することができました。
「シルク・ドゥ・ソレイユ」の創始メンバーは、大道芸人という社会的なイメージの悪さや地位の低さにも関わらず、人々を楽しませること、人々の心の絆を結ぶことに強い『信念』を持って活動をしていたと言われています。
「シルク・ドゥ・ソレイユ」は、他のサーカスとは全く異なり、動物を使わず人間の能力を最大限に表現する革命的なものとして受け入れられ、ショーは好評を博し、カナダのほかの地域、アメリカにも進出を果たすようになります。
作品にこだわりぬいた一連のツアーは、結果的に50万ドルもの赤字で終えたものの、カナダの国宝に値するとまで大評判となりました。
ギーは、興行的に大赤字に終わったツアーを振り返り、どうすれば価値とお金を生み出す「強い組織」にできるのかに悩み、大きな挑戦に打って出ることにします。

その『挑戦』こそ、ロサンゼルス芸術祭のオープニングでのパフォーマンスでした。
この芸術祭は世界有数のイベントであり極めて評価の高い来場者数も多いイベントです。
そこでギーが考えた新しい見世物は、『他のサーカスと異なる、人を驚かせるパフォーマンス』と、『作品性とマッチした衣装や大道具』などディテールにまでこだわった作品でした。
それは制作費が膨大化していくことを意味します。
しかし、世界が注目するロサンゼルス芸術祭で、成功しなければ二流の烙印を押されてしまいます。
失敗を犯すと、赤字どころか今までの評価をすべて失うリスクまでありました。
成功をつかむには、子供ではなく、大人を対象とするパフォーマンスで、圧倒的な高い入場料を払ってくれる観客を増やさなければならない必然性がありました。
ギーたちは、人々を楽しませること、人々の心の絆を結びたいという『信念』をもって、ロサンゼルスに旅立ちます。
公演の前日、ロサンゼルスへ出発したときには、帰りのガソリン代すらなかった、まさに片道切符だったそうです。ギーは、「たった一晩に人生のすべてを賭けた」と、この『決断』の大きさを振り返ります。

ギーたちが演じたロサンゼルス芸術祭での公演は大好評のうちに幕を閉じ、それをきっかけにようやく資金の目処がついたそうです。

そして、ギーは起業家としての才能を開花させます。
公演による収入をより安定化させるために「シルク・ドゥ・ソレイユ」の中に、別のショーを行う別の集団を作ることにしました。
そのようにすれば、並行して複数のショーが展開でき、収益が上積みされていくことを編み出したのです。

それがうまく機能し始めると、今度は企業からの多額のスポンサー料、メディアとの多額の契約金が入ってくるようになり、さらには、ラスベガスでの「ミステール」やディズニーワールドでの「ラ・ヌーバ」など、特定の場所で継続的にショーを行う契約を獲得し、大きな成功をおさめるようになりました。

いかがでしたか?

「火を食べる」大道芸人が、二人の芸人と出会い、いまや世界90カ国での公演実績を重ね、
どのサーカスよりも圧倒的なネームバリューとスケールを誇る「シルク・ドゥ・ソレイユ」を立ち上げました。
わずか創業30年にして日本にも進出し、その成長ぶりや市場の評価は、あなたの知るとおりです。
「シルク・ドゥ・ソレイユ」のように急成長を果したのには、大きな挑戦と決断がありました。
それはギー・ラリベルテの『信念』があったからこそ実現できた偉業だと思います。
さぁ、あなたはこれからの人生、どんな『信念』をもって、どんな『挑戦』をしていきますか?

(注:本記事でご紹介している情報の内容に関しては独自の調査において取りまとめたものであり、その内容を保証するものではありませんのでご了承ください)

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